当院における眼内レンズ選択
当院における眼内レンズ選択
白内障手術では、濁った水晶体を取り除いた後に眼内レンズを挿入しますが、そのレンズの度数によって術後にどの距離が見えやすくなるか、つまり目からどれくらいの距離に焦点が合うかが決まります。眼内レンズの選択とは、患者さんが「見える」「認識する」という日常生活の質をどのように計画していくかを決める重要な過程です。
術前に患者さんに考えていただきたいことは、生活の中でどのような距離のものを見ているか、そしてどの距離のものを眼鏡なしで見えるようにしたいかという点です。さらに、時間帯や生活シーンにも注意して検討することが大切です。焦点距離は大きく分けて近方、中間、遠方に分類して考えることができます。新聞や本、編み物や手芸などはおよそ30cmの近方にあたり、スマートフォンは見方によって30~60cm程度になります。パソコンや料理は70cmほどであり、テレビは2~4m程度です。運転や山歩き、スポーツなどは遠方に分類されます。
例えばテレビ欄の細かな文字まで見たい場合には中間距離というより遠方まで見える必要があり、昼間の運転よりも夜間の運転では両眼とも遠方にしっかり焦点が合っていることが重要になります。以上のようなことを踏まえ、生活の中でどの距離に多くの時間を費やしているか、またどの場面を大切にしているかを考慮しながら、30~70cmの近方に重きを置くのか、あるいは2m程度の中間から遠方に重きを置くのかを選択していくことになります。
患者さんが「どこを見やすくしたいか」を選んだら、以下の流れで光学的な検討を行いながら、レンズを相談・決定していきます。
眼に光が入る際、まず角膜と水晶体で屈折し、眼内へと導かれます。眼内レンズの度数によって、網膜からどの位置に焦点を結ぶかが決まります。
網膜上に正確に焦点が合った場合には、遠方にピントが合う状態となり、遠くが見やすくなります。これに対して、網膜より少し前方に焦点を結ぶと近方にピントが合う状態となり、近くが見やすくなります。
つまり、網膜からの距離をどの程度に設定するかが、眼内レンズの度数選択の本質です。
一度挿入したレンズは基本的に入れ替えを行わないため、術前に行う眼内レンズ検査は非常に重要であることが理解できます。
この屈折を考える際に、もうひとつ重要な点があります。それが角膜乱視です。 眼球に光が入ってくるとき、水晶体で屈折する前に角膜で屈折が起こります。しかし角膜は決して左右上下対称ではなく、縦や横、あるいは斜め方向に長径と短径の差が存在します。そのため屈折率が方向によって異なり、各方向の焦点が一致しないことで、物がぼやけたり二重に見えたりするのです。
網膜上に正しく焦点を結べなくなると、見え方に大きな影響を及ぼします。具体的には、乱視が強くなると図のように像がぼやけ、裸眼視力が得にくく、「今ひとつ見えにくい」という不満足感につながります。そのため、眼内レンズにおける屈折矯正では「乱視の有無」が重要な条件となります。
眼内レンズ検査では、まず乱視矯正の必要性を検討し、必要があれば矯正を行います。

ただし、乱視矯正をしてもすべての乱視が完全に取り除けるわけではなく、影響が残る場合もあります。また、軽度の乱視が残ることで焦点深度が深くなるという臨床的な利点もあり、どの程度矯正するかは総合的に判断されます。
乱視矯正の適応の検討が終わると、次にレンズの選択に入ります。当院で使用している眼内レンズは、大きく分けて単焦点レンズ、高次非球面眼内レンズ、低加入度数分節型眼内レンズ、そして多焦点レンズの四種類があります。
現在、保険診療内で使用できる眼内レンズは、単焦点レンズだけでなく、遠方に合わせて中間距離も見やすい高次非球面眼内レンズや低加入度数分節型眼内レンズも選択可能です。これらは単焦点よりも見える範囲がやや広く便利ですが、一点に関する見え方は単焦点のほうが優れており、乱視がある場合や高齢の方ではかえって見えにくくなるケースも経験されています。
一方で、遠方から近方まで眼鏡なしでしっかり見たいという方には多焦点レンズがおすすめです。レンズ代金は片眼で32万円、乱視がある場合には35万円と保険診療と比べると高価ではありますが、遠方から近方まで眼鏡なしで不自由なく見えることは日常生活のさまざまな場面で大きな利点となります。
以上のように、それぞれのレンズには特徴があり、患者さんの生活スタイルや希望に応じて選択していくことになります。以下に、それぞれの特徴をまとめた表を示します。

当院では眼鏡なしで見える範囲を広げるために、眼内レンズの度数決定において「マイクロモノビジョン」という方法を場合によって取り入れています。これは片方の目に遠方視用の眼内レンズを挿入し、もう片方の目に少し近方視用の眼内レンズを挿入することで、両眼裸眼で見える範囲や距離を広げることを目的とした眼内レンズの設定方法です。
前にも述べたように、現在の眼内レンズは技術の発展により単焦点であっても比較的広範囲に見えるようになっていますが、どうしても限界があります。そのため術後の焦点を両眼とも遠方に合わせた場合には近方が見えにくくなり、眼鏡が必要となります。
現代の生活では近方作業が非常に増えています。スマートフォンの普及はすべての年代に広がり、当院で手術を受ける多くの患者様も利用しています。そのため、70cm以内の近方作業が多い方は眼鏡の付け外しが煩わしく、遠近両用眼鏡を使用しているケースもよく見られます。
そこで当院ではマイクロモノビジョンを積極的に採用し、患者様と相談のうえ納得いただければこの方法でレンズを設定しています。繰り返しになりますが、マイクロモノビジョンとは片方に遠方視用の眼内レンズを、もう片方に少し近方視用の眼内レンズを挿入することで、両眼裸眼で見える範囲や距離を広げる方法です。70cm程度の近方が見やすくなるため、パソコン作業や外出先でスマートフォンを見る際に非常に便利です。ただし遠方は片眼で見ることになるため、夜間の運転などでは眼鏡が必要になる場合が多く、細かな文字まで見えることは少ないのが現状です。
もちろん左右の度数差が大きいほど両眼で見える範囲は広がりますが、その分見え方の違いが大きくなり違和感につながります。そのため当院では軽度のマイクロモノビジョンを採用しています。左右差による違和感については多くの質問をいただきますが、多くの患者様では脳が自然に適応していきます。
以上が当院における眼内レンズ選択の考え方です。眼鏡なしでどの距離を見たいのかを基準にレンズを選択し、乱視を矯正していきます。術後の「見える」は患者様自身のものですので、その仕組みを理解していただき、一番良い見え方を一緒に相談しながら決めていければと考えています。